時期尚早

このところ寒く感じる日が増えてきた。と同時に
書店、コンビニにはコーヒー特集の本が並び始める。

私が取材依頼で論外だと感じるのは、当店に来たこと
がなく、私のコーヒーを飲んだこともないというもの。
いったい何を取材し、紹介をするつもりだろうか。

それに比べて、先日いらっしゃった方は素晴らしかった。
私のコーヒーを ダンアロマ時代からお召し上がり
いただいているとのことで、アポイントメント、企画、
取材内容の説明等、とても好印象で気持ちも伝わった。

その方の姿勢に取材をお受けしたいと思ったのだが、
結果的には苦渋の末にお断りをさせていただいた。

帰り際には、何度も足をお運びいただいたのに
本当に申し訳ないという気持ちで一杯になった。

取材拒否というと、お高く留まっているとか、偏屈な
イメージがあるかもしれない。しかし決してそういう
わけではなく、残念ながら今は受けられないのだ。

その大きな理由は2つある。

1つ目は、取材を受けると多少なりとも反響がある。
最近はネットなど様々な媒体があるので、昔ほどでは
ないにしろ、一時的に店はざわつくことになる。
そういった環境では焙煎や抽出といった作業に集中が
できない。

逆に言えば、そのような場でも 納得のいく焙煎や
抽出ができるだけの力量が、今の自分には備わって
いないということでもある。 まだまだ 力不足だ。

そして2つ目。

私がこの仕事で常に意識をしているのは
「コーヒーは舌で味わうものではなく心で味わうもの」
ということである。そして心で味わうものを造るには、
全力で心を込めなくてはならない。

しかし、その心を伝えるということはとても難しい。
下手に表現をしようとすれば、
伝わらないばかりか安っぽくなってしまう。

私は 「絵はどこまでも心で描かねばならぬ」と語った
横山大観の「紅葉」を見ると涙が溢れてくる。

もちろん繊細かつダイナミックな構図と色彩の美しさに
感動をしてのことだが、老いた楓に自身を映し
美術界の将来を若手に託した大観の思いが
"ひしひし"と伝わってくるからだ。

私の造るコーヒーが大観の絵のように
心を伝えられるだけの力があれば何の問題もないのだが
到底及ぶはずもなく、その程度の私がマスメディアで
色々と語ったところで説得力に欠けるだろう。

しかし、いつまでも力不足と言っているわけには
いかない。久光珈琲が法人である以上、拘りを捨てる
つもりはないが 利益も追求しなくてはならないからだ。
そして、その準備も進めている。

まず、長く探していた焙煎所がようやく見つかり
焙煎に専念できる環境が整いつつある。

それに伴い当店内も、コーヒーの抽出に集中ができて、
少しでも私の心が伝えられるようなスタイルへと
改装を予定しているので楽しみにしていて欲しい。

そして、これらの準備がしっかりと整った時は、
こちらから取材をお願いすることがあるかもしれません。

マスコミ関係の方々、
      その際はどうぞよろしくお願いいたします。
 
 old    index   new