重鎮の言葉

今回の話は前回の続きも含んで
いるので、まだ読まれていない方は
前の話から読んで頂きたい。

"近頃の焙煎(焙煎人)は
       温度しか見ず 豆を見ない"

これは長年に渡り
珈琲店を営んできた方の言葉だ。
これを聞いた時に私は身震いをした。
これほどまでに重い言葉があるだろうか。

焙煎機に豆を入れて
ある温度まで来たらさっと取り出す。
それを簡易抽出器でさっと提供する。

そこには何があるのだろう。
試行錯誤をしてやっとの思いで淹れられた
一杯の感動はあるのだろうか。

私が行きたい店がなくなったという
理由の一つがここにある。
コーヒーが薄っぺらいのだ。
単に味の事を言っているのではない。
オリジナリティや個性がないのだ。
わざわざ行かなくても味の想像もつく。

私がその方の店を訪れたのは
15年も前のことだ。
その時は若い女性が淹れてくれたのだが、
正直、あまり良い印象ではなかった。

後になって、オーナーが自ら
淹れてくれたコーヒーは別物だと聞いた。
再訪をしておけば良かったと猛烈に
後悔をしているが、ビルの取り壊しにより
もう その珈琲店はない。

昔は本当に面白い店が多くあった。
そこには脈々と受け継がれてきた
文化があり、個性豊かなオーナーもいた。

ドアを開けた瞬間に押し寄せてくる
独特の空気感に、いったいどのような
コーヒーを出してくれるものかと
"ドキドキ 、ワクワク" したものだ。

そういうコーヒーと珈琲店が減っていくのは
単に時代のせいだというには淋し過ぎる。

重鎮の言葉は 最近のコーヒーへの
        警鐘だと私は受け止めた。
 
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