変わらないということ

随分前に偶然入ったお店で
"獺祭 (だっさい)"という日本酒を勧められた。

普段あまりお酒を飲まない私が、
フルーティな香りと優れた甘味、スムーズながら
複雑性も併せ持ったバランスの良さに惹かれて
お代わりをした事を覚えている。

当時はそれほどの知名度では無かったと
思うのだが、今では入手が困難だ。

昨日のカンブリア宮殿でも獺祭が取り上げ
られていたが、コーヒーは "作るもの"
ではなく "造るもの" だと思っている私にとって
すごく興味深い内容だった。

杜氏を必要としないシステムの確立や
冬場が当たり前だった仕込みを一年中
可能にするなど、常に改革と前進をしている。

番組の中で 「一定のところで守っていると
"味が落ちたね" と言われる。だから常に
上を狙っていかないと "変わらないね" とは
言ってくれない」 と社長が語っていた。

最近、長く営業を続け名店と呼ばれて
いるにもかかわらず悩んでいたり、経営的に
苦しく閉店をする珈琲屋が増えている。

そういったお店に行くと必ず感じるのは、
経営している本人は開店当時からずっと
変わらない味や空間を提供しているつもりでいる。

それでもお客様が離れるのは、チェーン店の
増加、コーヒーの味や価値が分からない人が
増えたと他のせいにしているのだ。

人の味覚や嗜好は変化をする。
内装や備品は朽ちてゆく。これを変わらないと
感じさせるには大変な努力が必要で、
常に前進をしていなければならない。

変わらない味と空間を提供し続けている
"つもり"の店主は明らかに後退をしているのだ。

旭酒造の桜井社長のお話は、私が日々思って
いる事と とても近く参考になった。嗜好品を
扱っているから考え方も似てくるのだろう。

久光珈琲も常に前進を続ける会社でありたい。
 
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